長野冬季オリンピックにて、オリンピック史上初のスノーボード競技開催地として知られ、近年は、雪の中でのんびりと温泉に浸かるスノーモンキーが、特にインバウンド(外国人旅行者)に人気の山ノ内町。冬の観光イメージが強い山ノ内町ですが、実は「自然と人間社会の共生が図られている」とユネスコエコパークに認定された魅力満載のエリアです。この山ノ内町の渋温泉で廃業した旅館を買い取り外国人向けのニーズに応える宿泊施設「小石屋旅館」を営んでいるのが石坂大輔さんです。石坂さんは、スキー場やトレイルランニングコース、情緒豊かな温泉街があり、スノーモンキーがいる、目玉となる観光がギュッと詰まったこの町が、世界有数の一大リゾート地になる可能性を秘めていると考えています。
小石屋旅館オーナーの石坂大輔さんは、1980年生まれ。東京生まれ、埼玉育ち。大学では商学部で学んでいましたが、旅行好きが高じて1年間休学。バックパッカーとなり国内外を周遊しました。卒業後、証券会社でトレーダー(株式などの売買をする人)として7年勤めた後、International University of Monacoへ留学。MSc in Finance(金融における理学修士号)を取得しました。帰国後は宿屋の経験も積みたいと、星野リゾートに就職。マーケティングと営業の仕事に配属され、松本と大町のエリアを担当しました。そのときに軽井沢を担当している同僚から「7万円かけてタクシーをチャーターし、野猿公苑へスノーモンキーを見に行く外国人のお客さんが何組もいる」という話を聞き、山ノ内町を訪ねると、スノーモンキーはもちろんのこと、渋温泉の渋い佇まいに感動したそう。「浴衣に下駄で石畳をそぞろ歩く、外国人が思い描く『ザ・温泉街』でした。外国の人は休暇が長く、長期間宿泊するスタイルが、湯治と似ていてマッチする。外国人向けのビジネスをしたら案外うまくいくかもしれないと思いました」。
しかしその後、以前の職場でトレーダーとして優秀だった石坂さんはヘッドハンティングをうけ、また証券会社で勤めることになります。ところが半年たったころ、趣味で見ていたインターネットの競売サイトで渋温泉の小石屋旅館を見つけたのです。運命を感じて、奥様に相談することなく即購入しました。後で怒られた事は言わずもがなです。
2014年の6月に購入してから、工事に取りかかるまで半年以上かかりました。地元の宿泊業のみなさまに理解してもらえるように、まずはお客として宿泊し、心を尽くして1軒ずつ挨拶することを大切にしたからです。旅館購入時、規約に”温泉の利用不可”とあったり、地域独自のルールなど乗り越えなければならない壁はありましたが、自分達のやりたいことを理解してくれる旅館もあり、「わざわざ東京から来た若いにいちゃんがインバウンド向けの旅館をがんばるって言うなら応援するよ」と、自分の旅館の温泉施設を貸してくれると申し出てくれる人もいました。今では、「安く泊まれて、お風呂は高級老舗旅館の登録有形文化財のお風呂に入れる」と口コミでも人気で、セールスポイントのひとつになっています。
また、工事に取りかかれない間、「この地区に足りない、欲しいものは何ですか」と、地元の人や観光客に聞いてまわりました。するとみんなから返ってきたのは同じ答え、「飲食店が欲しい」。そこでニーズに答え、レストランも始めることにしました。
たくさんの宿泊施設から小石屋旅館を選んでもらえるように、オンラインエージェント(インターネット上で取引をする旅行会社)選びにも気を使いました。海外の口コミサイトでいちばん有名なブッキングドットコムには当時山ノ内町の宿泊施設が89件登録されていました。すでに口コミ件数もたまっていたので、そこで勝負しても勝てないと思い、スタートしたばかりで民泊中心に登録されているAirbnbという予約サイトを選びました。町内ではまだ2件しか登録されておらず、3分の1の確率なら選んでもらえる可能性があると思ったからです。民泊中心の中で旅館が登録されれば、サービスの良さで評価が高くなるのは当然ですが、今でも長野県の宿泊施設の中で1番評価が高く、口コミ件数も他より10倍くらい多いなど、差がつきました。そしてこの口コミがブッキングドットコムにも反映されていきます。
少しずつ地域でも旅館運営の実績が認められ、旅館業をはじめて3年目の2017年から、地元旅館の予約管理のお手伝いをしています。渋温泉に限らず、山ノ内町の旅館は年配の方が経営していることが多く、電話やFAXで予約をとり、その内容を手書きで宿帳に書き写すという作業をしています。4〜500人泊まれる志賀高原の宿泊施設でも手書きで管理していたなんてことも。インバウンドの予約は出入りが激しく、小石屋旅館の昨年度の年末年始をみても、9部屋の個室に対して、キャンセル、変更も含めると予約を50件も繰り返しました。それを消しゴムで消したりエンピツで書いたりする作業はとても大変です。時には、夜中の2時まで部屋割りを考えている旅館もあるそう。また、ご主人が自分の頭の中だけで予約管理をしているので、ちゃんとシステム化して、誰が見ても分かるようにしておきましょう、と伝えています。導入サポートとしては、小石屋旅館と同じシステムを入れてもらい、マウスの使い方などを説明し、パソコン教室からはじめています。
そしてゆくゆくは、すべての旅館の予約を一括管理できる予約センターをつくりたいと考えています。旅館業は基本365日24時間営業で、ゆっくり休める時間がありません。分業化して効率を図ることで、負担を減らしてあげたいと思っています。また、夏冬の繁忙期に、人手不足の解消と山ノ内町の認知度アップのために都会からインターンシップを受け入れてそれぞれの旅館へ派遣する仲介役の活動もはじめました。コミュニケーションの達人である女将さんから親和力を学べるので大学、専門学校の先生からも好評です。
山ノ内町では、各温泉街、志賀高原、北志賀高原と、お互い別エリアで考えていることが多いため、同じ地域なのに連携することが少なく、とてももったいないことをしていると感じています。全体でひとつのリゾート地として大きく捉え、お互いを宣伝することによって山ノ内町がたくさんの観光資源をもっていることを知っていただき、外国のお客様に長期滞在してもらえるよう、トータルな視点を大切にできればいいなと思っています。
外国のお客様がストレスなく長期滞在してもらえるように、なるべく自国でのスタイルに近い形で過ごせるように考えた7つの運営ポイントを紹介
Point 1
土足で旅館に入れる館内は土足でOK。部屋は畳なので靴を脱いで上がる。
Point 2
素泊まりスタイル外国の人は、宿泊と食事を別に考えている。有料で朝食や夕食を用意して、基本的には素泊まりスタイルにした。ドミトリータイプより、個室が人気。
Point 3
食事は洋食山ノ内町へは、東京や京都観光の後にやってくるお客様が多い。だんだん 自国で食べていたものと同じものが食べたくなる頃。ただし、食材はなるべく地元で収穫されたものを提供。
Point 4
スタッフ全員英語が話せる長野の山奥の温泉街でも英語が通じるストレスフリー。
Point 5
バリスタが本格派コーヒーを提供本格派のコーヒーが飲めるように、エスプレッソマシーンはシネッソ社のHydra-3を導入し、バリスタが淹れる。
Point 6
個室のシャワールーム完備外国のお客様は、人前で裸になることや、熱いお湯に浸かることが苦手で、温泉に入りたくない人も多い。口コミサイトに「プライベートシャワールームがある。水圧最高!」と書かれたことも。
Point 7
送迎付き荷物の多い外国人旅行者のことを考え車での送迎を行っている。