善光寺門前の片隅に佇むゲストハウス「1166バックパッカーズ」。
まだ、長野市でバックパッカー向けの宿がなかった2010年にオープンし、これまで多くのゲストを受け入れてきました。
オーナーの飯室織絵さんは宿泊業務と並行して、地域を舞台にしたさまざまなイベントの企画も行っています。
飯室さん自身が旅の末に辿り着いたという長野の地。飯室さんにとって、ゲストと関わること、また長野はどんな存在なのでしょう。
ゲストハウス「1166バックパッカーズ」(以下、1166)は、もちろん宿泊施設ではあるんですが、コンシェルジュ的な役割が大きいのかなと思っています。単なるゲストハウスではなく、「出会い」や「対話」をテーマにした宿泊交流施設というか。例えば、ビジネスホテルには近隣の飲食店マップがあったりしますが、観光客としてはそんなものが欲しいわけじゃない。欲しいのは万人受けする情報ではなく、この人ならこういう店を楽しんでくれそうっていう情報なんです。ですので、よくスタッフにいうのが、観察力と想像力を大切にしてくださいってこと。宿泊客が何をしにここに来ているのだろうということを想像して、そのうえで、この人に何を案内すれば喜んでくれるのかということをする。そこにいる人をまず見ることが大切なんです。
また、ゲストハウスに泊まる人たちは、地域の人やほかの宿泊客と話したいっていう気持ちがあるんですよ。なので、ただ単に有名な観光地を巡るっていう旅のスタイルでは満足しないんです。前回泊まったときに顔なじみになった近所のおばあちゃんと話したとか、そういう体験を求めているんです。ラウンジには10人がけの大きなテーブルを置いているんですが、そうすると自然とゲスト同士の距離が縮まるんですね。そういう仕掛けも旅行者の喜びにつながるのだと思っています。
大学のとき就職活動に乗り遅れてしまったんです。それでワーキングホリデーでカナダに行ったら、意外と簡単にツアーガイドの仕事が見つかったんです。添乗員のような仕事でした。その後はオーストラリアに渡って、日本人向けの観光情報フリーペーパーの編集をしていました。その頃は旅をしながら食べていくことはできないかと考えていたんです。
そんななか、久しぶりに日本に帰ってきたら人混みや満員電車に耐えられなくなっている自分に気がついたんです。旅をしながら働いているうちに、自分の中の価値観がすっかり変わってしまったんですね。これは自分でも衝撃的でした。それで、都心を離れて地方でなにかやりたいと考えているときに、上高地の宿の仕事が決まりました。そこで4年ほど働きましたが、その経験が1166バックパッカーズ開業につながりました。
長野駅前にするか松本駅前にするかは迷いましたが、たまたま長野市に行ったときにいろいろな人と出会えたんですよ。長野市に知り合いは全然いなかったのに、「手伝うよ」「人手がいるなら大学生紹介するよ」とか皆さん言ってくださったんです。あ、長野市に呼ばれているかもしれないと思いましたね。
「呼ばれている」なんて言った後になんですが、感情だけで決めたわけではありませんよ。マーケティング調査も踏まえています。例えば、海外からの旅行者は新幹線も含めて数日間乗り放題のチケットを持っているので、新幹線のある長野市はとても来やすいんです。泊まり込みで長野駅の動向調査もしましたし、季節ごとの旅行者数などのデータも調べました。「呼ばれている」っていう感情だけでは決められませんよ(笑)。
私とスタッフ、このふたりのことを近所の人たちがよく知っているから、1166は成り立っているんだと思っています。ご近所の方が宿泊客の荷物を預かってくれたりとか、ここまで連れてきてくれたりとか、そういうことが起こるのは、1166と近所の方々の関係性ができているからなんです。こちらが心を開いていかなければ、相手も心を開いてはくれないものです。
1166の壁は自分で塗ったんですよ。そうやって毎日改築に通っていると近所の人との関係性も自然とできてくるんです。宿をやりますって言っているのに「そこやったらここも塗っといて」って言われたりして。ペンキ屋と思われていたのかもしれないですけれど(笑)。でも、大工さんが完成させた後にひょっこり宿主ですって現れたとしたら、仲よくはなれなかったと思っています。
自分としては、1166バックパッカーズは、外の人(宿泊客)と中の人(住んでいる人)の間にあるニュートラルな場所だと思っています。私自身はなにもできないけれど、間に立つことでつないであげられる。そういう立ち位置の宿でありたいなって。宿のキャラクターは濃くなくていいんです。
ここに宿ができたことが、この街にとってプラスにはなってほしいんです。旅人が通る、旅人が新しい風が運んでくれるということが、プラスに作用してほしい。旅行者のひと言を地域の人が喜んでくれたとかささいなことでもプラスなんですが、宿ができれば地域への滞在時間が長くなり、結果、地域にお金が落ちる確率は高くはなっているとは思います。ゲストハウスの宿泊客ってお金がないと思われがちなんですが、特に日本人の利用者は、ここに泊まりに来たかったとか、この街に来たかったとか、それぞれの理由があるもので、別に安さで選んでいるわけではないんです。目的を持って来ているので、その人の興味外のところに連れて行ってもお金は落とさない。でも、面白いところに連れていくと、そこでちゃんとお金を落としてくれるんです。
1166でイベントを企画するときも、できれば安くない料金でやりたいと思っています。安い料金でやるとモチベーションの高くない人が集まってしまうというのもありますが、周りの個人事業主の方たちにお金を落とすようにしたいんです。朝食付きにして料金を上げて、そのお金を地域の店に分配をするみたいなイメージです。外の人と内の人をつなげるだけではなく、地域の人にお金が回り、さらにそれが来た人の満足度につながる。そういうウィンウィンの関係が理想ですね。それには、ただ単にお金を出すだけではなく、この店を応援したいですっていう気持ちが含まれていることが大切だと思っています。自分が応援したいってお店を案内するようにしているんですが、そうすると、2回、3回とまた来たくなるものなんですね。宿はただ単に寝る場所なので、寝る場所だけあっても人は来ない。街が面白くなければ、宿泊客はやって来ないんです。
そして、大事なのは継続していくこと。長野市には店がどんどんできているのに、5年後、10年後に全部消えてなくなってしまったら、それは使い捨てってことですよね。新しい店を求めて来るのではあれば、別に長野でなくてもいいんじゃないのって思うんです。東京の新しい店に行けばいいのではって。長く継続している店には、そこの店に何度も通いたいっていうモチベーションの高い人がリピートしていると思うんです。街もそうです。何度も通いたくなる街が、面白い街なんです。
もし信州への移住を考えているなら、いろいろな事実とか現実とかを知ったうえで決めてほしい。例えば、東京でお店をやるのは大変だけど、長野だったらなんかできそうな気がする。そういう感覚で移住してくる人も実際にいます。でも、そういう安易な考えは危険だなって思っていて。オープンするのは簡単ですけれど、継続するってなるとやっぱり力がある人じゃないとできない。おんぶにだっこみたいな人が来ても街だって困ります。自分の足で立てる人が増えれば、街はもっともっと面白くなっていくでしょう。
古い民家や商家が残る善光寺の門前エリアには、古い建物をリノベーションしたカフェや宿が続々と誕生しています。リノベーション物件を巡るまち歩き企画では、長野での開業を考えているゲストさんが、開業へのイメージをふくらませていました。
酒蔵をリフォームしたイベントスペース。趣ある空間でギャラリーやライブなどを開催しています。
何度も長野市を訪れているゲストさんなので、ちょっと珍しいスポットにご案内。向かった先は、市街地の一角にひっそりとたたずむ妻科神社。境内の巨木の圧倒的な存在感には皆さんびっくり。こんな巨木が当たり前のようにあるのも、歴史ある街の魅力のひとつですね。
貞観2(860)年の文献に記載の残る由緒ある神社。近所の人たちの憩いの場として親しまれています。
門前エリアに建つ古い蔵群を改修した「KANEMATSU」。蔵造りの建物を活かしたシェアオフィスで、建築家や編集者、デザイナーらが入居しています。デザインやゲストハウスに興味があるというゲストさんも、いい刺激を受けたようです。
異業種ユニット「ボンクラ」が改修した建物。メンバーのシェアオフィスのほか、カフェや古書店も併設。
長野市への移住希望者向けイベントに参加したゲストたちと訪れたのは、Gallery&Factory原風舎。主宰している金属造形作家の角居さんは、2011年に長野市に移住してきた、いわば移住の先輩。仕事やお金についてのアドバイスは、先輩に聞くのがいちばんです。
錫の酒器やアルミのオブジェで知られる金属造形作家・角居康宏さんの工房兼ギャラリーです。