ほっとスタッフブログながの 長野地域の魅力、わたしたちの仕事について、ホットな話題を提供していきます! (写真:飯綱町 りんご畑) ★★ただ今、長野地域のおいしい果物情報を発信中!!★★ #ながの果物語り 

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長野地域に住もう!(移住・二地域居住のすゝめ Part8) 坂城町編

こんにちは企画振興課です。「はんぶん都会、はんぶん田舎。」多様なライフスタイルが実現できる長野地域のへ移住や二地域居住をされている方へインタビューし、魅力を発信していきます!

魅力発信ブログ~移住・定住・二地域居住編~

坂城町へ移住 石間桂太(いしまけいた)さん。
静岡県清水市で生まれ、奥様の生まれ故郷の坂城町に移住し、農業を始めた石間さん。農業とはまったく無縁の生活から、今では2ヘクタールを経営する大農家に。

当日は、石間さんのご自宅で、ざっくばらんにお話を伺いました。

(愛犬とともに・・・こんなにかわいいのに、イノシシやっちゃいます(笑))

長野地域全体の移住動画:https://www.youtube.com/watch?v=Amt5vp21cYg

――坂城町に移住したきっかけは何ですか?

妻の実家が坂城町だったからです。妻とは学生時代からの付き合いで、結婚してから2年程は愛知県で生活をしていたのですが、その後坂城町に引っ越してきました。

――当時の長野県、坂城町の印象はどうでしたか?

坂城町の真ん中を流れている千曲川がきれいだなと思いました。あと、長野県は夏涼しいというイメージがあったんですが、住んでみると暑いですね。

――実際に移住するのは大変だったのでは?

高校を卒業してから愛知県や岐阜県などに住んでいたので、移住することにはそれほど抵抗はなかったです。実家が店をやっていた関係で人付き合いが好きなので、とまどいはありませんでした。

――でも新しい土地で生活するには住居とか仕事など、いろいろ考えると思うのですが?

住居については、妻の実家があったので特に困ることはなかったです。仕事については、愛知で栄養士をしていて、そこの会社の社長の紹介で最初はこちらでも栄養士の仕事を紹介してもらったのですが、せっかく長野県に来たのだから別の仕事もしてみたいなあと思うようになりました。それで、「長野県といったら何の仕事だろう。」って考えてみたら「観光」じゃないかって思ったんです。

――どうして長野県は観光って思ったんですか?

静岡県と言えば「みかん」とか、清水市と言えば「ちびまる子ちゃん」を最初に思い浮かべると思うんですけど、長野県と言ったらりんごやぶどうなどの「果物」じゃないかと一番最初に思いついたんです。それで観光農園とかできるかなと。

――それで農業を始めたんですか?

いや、最初は農業をやるつもりはありませんでした。もともと僕も妻も農業の経験は全くなかったし、観光農園は思いつきのようなものだったので、まずはハローワークで農業とは関係ない観光関係の研修メニューを受講していました。ちょうどそんな時に妻が花屋に勤めていたこともあって、土いじりに興味を持ち始めて、近くの知り合いの農家でお手伝いしながら農業を教えてもらうことになったんです。その農家はりんごやぶどう、さくらんぼなどの果樹を栽培していて観光農園もやっていたので、自分のやりたいことにつながるんじゃないかと思い、その農家のもとで研修させてもらうことにしました。

研修に行き始めてすぐに畑を120アールぐらい借りてしまって、研修先の親方に「いきなりそんなに借りちゃったら、自分の畑で精一杯で研修どころじゃないじゃないか!」と怒られましたが、後には引けず、研修もそこそこでいきなり経営者になってしまったんです。妻もまさか専業でやるとは思ってなかったと最近になって言われました。(笑)

――いきなり経営者ですか…農業の知識はなかったんですよね!?仕事や生活の面で苦労はありましたか?

りんごとぶどうの畑を借りたんですが、最初は見知らぬ新参者が何かやり始めたなと思われていたと思うけど、僕が訳も分からずにやっている様子を見かねて、周囲の方々がいろいろと教えてくれたんです。技術を教えてもらうだけではなく、昔話とかいろいろな話を聞いたりして、仲良くさせてもらうようになりました。親方や周囲の農家さんたちにはとても助けられました。だから、僕自身も「助けて!」と言ってくる人がいたら断らず助けたいと思っています。

始めた当初は、当然商品として上手く作ることができなかったので、国の新規就農者支援制度を活用したり、作業が少なくなる冬場に高速道路の除雪のアルバイトをしたりして生活していました。面倒をよく見てくれた方が作る果物が素晴らしくて、それを見たら頑張って良いものを作ろうと思って続けました。

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