長野市内に戻ってから、池尻さんは産婦人科の病院で働き始め、就業時間中、子供を保育園に預けていました。
ある時、保育園から子供を引き取って帰宅した後、使用済みの汚れたエプロンを広げてみたら、残飯が「ポロポロ」と、こぼれてきました。疲れて帰宅した後で「これを洗濯するのか。」と、意気消沈したことは、一度や二度ではありません。
また、別の時には、子供を連れ帰る際に「家に帰ったら本を読んであげて。」と、職員から声をかけられ、理想的な母親の役割を強制されるようで、帰りの車中、沸々（ふつふつ）と怒りが込み上げてきました。

日本には「良き母」を求める根強い「母性神話」があると、池尻さんは感じています。
自分の時間を犠牲にして、ひたすら家事及び育児にいそしみ、必要があれば外にも出て働き、子供のため、家族のために尽くすことこそが美徳という意識。
しかし、母親も自分の人生を楽しむ権利を持った一人の人間です。
母親は皆、頑張っています。どうして、「お母さん、頑張っていますね。」という労いの一言がないのか、強い違和感を覚えました。
また、ある時には頻繁に病院のナースコールを押すお母さんに出会いました。ベッドに向かうと「子供の抱き方を教えてほしい。」との質問があり、「こうするんですよ。」と教えると、また、別の時間にナースコールがあり、別の助産師に「抱き方を教えてほしい。」と同じ質問を繰り返していました。
しばらくして母親は退院しましたが、「地域に戻った後、大丈夫だろうか。」と後ろ髪を引かれる思いにとらわれました。勤務を続ける中で、病院では産後の母親を継続的に支援することができない現実について、同僚たちとよく意見を交わしていたといいます。

既存サービスでは支えきれないお母さんに、充実した保育サービスで寄り添うことを目的に、同じ職場の同僚の女性と二人で一緒にマムズ・サンを立ち上げました。

日頃から、家庭で仕事の様子を熱く語っていた池尻さん。
子供たちは「いいんじゃない。」とあっさりと起業に賛成し、夫も「いつかは起業すると思っていた。」と当たり前のように背中を押してくれました。起業してから１年間、家事、育児に加え、慣れない経営の仕事に全力で取り組んだために、無理がたたって心身共に疲れ果ててしまいました。家族に思いの丈（たけ）をぶつけたところ、以降は、家族が当番制で家事を分担してくれるようになり、朝食は高校生の長男が作ってくれるようになりました。
子供たちに「経営が苦しいから、やめようかな。」と、冗談で話したところ、「マムズ・サンがなくなったら、困るお母さんたちがいるから駄目だよ。」と、「たしなめられた」と笑います。現在、高校生と中学生の息子が思い描く将来の仕事は「マムズ・サンの後継者になること。」です。

　　　　　　　　インタビューに答える池尻さん

最近、池尻さんは虐待で小さな子供たちが亡くなるニュースを目にする度に考えることがあります。お子さんのことを思うと本当に苦しいけれど、虐待していた保護者自身は、もっと苦しんでいたのではないか、と思いを巡らせます。
たたいたり、罵声を浴びせたりする保護者を何とか支援することはできないか。
望まぬ出産で若くして母になった女性は、貧困にあえぐことが多々ありますが、女性が手に職を付け、生活基盤を確立するお手伝いができれば、結果として貧困の連鎖を断ち切り、子供たちの支援にもつながります。

池尻さんはマムズ・サン及び２園の命名に当たって、HPにその由来を掲載しています。
朝は　“太陽”　Mom’s-sunのsun
お昼は　“ひかり” 　ひかりほいくえんのひかり
夜は　光輝くお星様　“きらり”きらりほいくえんのきらり