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佐久市臼田総合運動公園の「造林記念碑」をご紹介します。(その1)

佐久地域振興局林務課のSです。

佐久の山々の木々も新緑が美しい季節になりました。

そこで、今回から3回にわたり、佐久市臼田の「臼田総合運動公園」にある「造林記念碑」を紹介します。

この造林記念碑を見たり、碑文の文字を読んだりすることが、森林や林業に対する関心を一層深めていただける一つのヒントやきっかけになればありがたいと思います。

この「造林記念碑」は、明治時代から大正時代にかけての造林の事業の経過や関係者の功績を今に伝える記念碑です。

この記念碑は、大正4年(1915年)に佐久市臼田に建てられましたが、平成2年に「臼田総合運動公園」の建設にともなって公園の敷地内に移設されました。

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上の写真の左側にあるのが移設された造林記念碑で、写真右側には造林記念碑の「読み下し文」を記した石碑があります。

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上の写真は「造林記念碑」のタイトル部分の拡大です。

 

碑文(本文)は楷書体(書体のうち教科書に使われる「教科書体」は楷書体とよく似た書体です。)のわかりやすい字になっており、「南佐久教員養成所」の主任講師を務めた木内正文が碑文の選定と揮毫をしました。また、碑文の内容は、当時の臼田の住民が一致協力して森林整備を行った経緯や当時の人々の気持ちが書かれています。

この内容を読み解くことは、森林や林業の行政はもとより地域の歴史や古典を学んだり考えたりする上でも、有意義であると考え、碑文の現代語訳に取り組みましたので、碑文の中の最初の部分をご覧ください。

 

また、お急ぎの方は、現代語訳の部分だけでもお読みいただければ幸いです。

※なお、碑文は縦書きで右側から左側へ読むようになっておりますが、編集の都合上、横書きとさせていただきます。

 

≪造林記念碑の現代語訳(その1)≫

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造林記念碑 白文(1)

明治十五年五月臼田町有志者百九十名同盟而請部分林之設

定於官也官納其請且許以二官八民之利於衆推岩崎忠太郎

為総代松永次郎為副総代相共卜地于臼田町字一之久保外

七字地籍而立造林之計画既而至明治廿三年増同盟者為二百

拾五名

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※造林記念碑の碑文の拡大写真(「明治十五年」等の字を読み取ることができます。)

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造林記念碑解読文(読み下し文)①

明治十五年(1882年)五月 臼田町有志の者百九十名同盟して部分林の設定を官に請う。官その請(こう)を納(い)れ且つ(かつ)二官八民(にかんはちみん)の利(り)をもって許す 。是(ここ)に於(おい)て衆(しゅう) 岩崎忠太郎を総代となし、松永久次郎を副総代として推(お)す。

相(あい)共(とも)に地を臼田町字(あざ)一之久保ほか七字地籍に卜(ぼく)し、而(しこう)して造林の計画を立て既(すで)に明治二十三年(1890年)に至(いた)り同盟者を増し二百十五名となる。

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造林記念碑 (現代語訳)(1)

明治十五年(1882年)五月に現在の佐久市臼田の有志者百九十名が一致協同(同盟)して分収林の設定を国に申請した。

国はその申請を受け入れ、官民の分収割合を2対8として分収林の設定を許可した。

これにより人々は、岩崎忠太郎を総代として、松永久次郎を副総代として推挙した。

皆で造林地を「臼田町字一之久保外七字地籍」に選び、造林の計画を立て、既に明治二十三年(1890年)には同盟者は二百十五名に増えた。

 

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造林記念碑 (解読のポイント)(1)

・部分林

分収造林のこと。土地所有者(本稿の場合は、国を指す。)と造林者及び費用負担者(本稿の場合、旧佐久市臼田の有志者たちを指す。)が共同で林業経営を行い、長年にわたる成果として、山林を伐採した場合の収益をあらかじめ一定割合によって決めて造林を行うこと。

 

・木内政太郎(正文・陶堂)

旧南佐久教員養成所主任講師。旧南佐久高等小学校訓導(教諭)。かつての南佐久教員養成所は佐久市臼田の弥勒寺入口に所在し、昭和三十二年十一月には木内先生の頌徳碑が建てられている。

・有志者

志を同じくする者

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臼田町の有志者の仲間がつどい、森林整備に係る組織をつくり、総代などの役員を決めました。有志者が215人に増えたあと、この場所の森林整備はどうなったのでしょうか。

続きはこのブログに連載したいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

(参考文献)

・『臼田町史 第五巻 近現代編』 、2009年、佐久市臼田町誌刊行会

・造林記念碑の「読み下し文」の石碑、1990年、臼田町教育委員会

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