信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

玄米珈琲×山里ビジネス vol.2

植野さんが信級に引っ越してきたのは真冬のこと。まず始めたのは、炭焼きの手伝いでした。そこから「信級玄米珈琲」が生まれます。

炭焼きの窯の余熱から生まれた「信級玄米珈琲」

- 信級へ来たときは、真冬だったんですね。

冬なので特にやることもなくて。関口さんが炭焼きをやっていたので、お手伝いしながら教わることができればと思っていました。でも、関口さんからすると、給料を払えるわけでもなかったので、「手伝うんじゃなくて、自分の窯を作れ」と言われて。それで一緒に作ることになりました。関口さんは、黒炭を作っていたんですが、以前は白炭を作っていたんです。

窯作り作業

- 白炭?

炭は、黒炭と白炭があります。白炭のほうが、技術が必要で、ちょっと職人魂をくすぐるようなところがあって。関口さんも若いころは白炭を作っていたんですが、需要がなくなって。でももう一度作りたいという気持ちがあったところに、ちょうど僕が来たので、白炭の窯を作ることになりました。

- 黒炭と白炭はどう違うんですか?

黒炭は炭化した後に窯全体を閉じて、酸素を入れないことで冷やしていくんですが、白炭は最後に窯の外に出して灰をかぶせて一気に消します。白炭は窯が熱い状態で炭を出すので、すぐに次の炭材を入れて、連続して作っていきます。

- 休みなく、ずっと作り続けるんですね。

焚き付ける手間が省けるのはいいんですが、続けて焼くのはなかなか難しくて。何もせずに冷やしてしまうのももったいない、ってところからできたのが「信級玄米珈琲」なんです。

- 余熱を利用して。

以前、「炭焼きのシーズン最後に、余熱で焼いた魚を食べるのがおいしい」というのを本で読んだことがあったので、何か活用できるんじゃないかと思ってはいました。関口さんも、黒炭窯の中に玄米を入れて焼いたものを煎じて飲んでいたので、それもヒントになりました。玄米を焙煎して作る玄米コーヒー自体は他社の製品にもあったので、まず試しに作ってみたんです。そうしたら結構おいしくて、「これならいける!」と。

- そこから試行錯誤して?

焙煎方法はいろいろ試しましたが、1年目で玄米コーヒー自体はできたんです。そこから名前やパッケージを考えました。現在の「信級玄米珈琲」は実は3代目。最初は、信級の奥に長者山という山があって、関口さんの屋号にもなっていたので「長者」って名前に、その後は「ISANAコーヒー」という名前にしたこともありました。イサナはクジラの古い名前で、このあたりは、大昔は海で、セミクジラの化石が出たことや、クジラ=黒白、という色も合っている気がして付けたんですが、普通のコーヒーと思われることが多くて、説明が面倒で(苦笑)。

- 確かに、普通のコーヒー豆みたいな名前ですよね。

そのころ、長野市の「やまざとビジネス支援補助金」を申請したのですが、商標の都合上、「イサナ」では類似商品となる可能性があることがわかって、また名前を考えることになりました。

- そこで、現在の「信級玄米珈琲」に。

米も木も信級産でしたし、ものだけではなく、地域を知ってもらいたいという思いもありました。玄米コーヒーというもの自体を知らない人も多いので、なるべく分かりやすくしたかったというのもありますが…それでも、コーヒーだと思われることはあります(苦笑)。

- 今は、春夏秋に農業、冬に炭焼きという感じですか?

在庫次第で、季節問わず「信級玄米珈琲」は作っています。今は、蓄熱性の良い小さいサイズの窯を新たに作って、それを使っています。昨年、窯の中に入る可動式の小型焙煎機もできて、徐々にいい形で作れるようになってきました。

- 「信級玄米珈琲」を作るためには、まず炭焼きからなんですよね。

工程は忠実にやっているので、そうですね。信級には、炭に適しているナラやクヌギがあまりなくて、古民家の解体材などで炭を作ることもあるんですが、その白炭は普通だと全く価値がないんです。でも、熱がメインなので作っていて。今は、その白炭の用途を考えていて、水質改良や土壌改善などの用途で売り出すのもいいかなと思っているところです。

- 最初は炭から始まって、玄米コーヒーができて、また炭の活用を…。

そうですね。また副産物をどう活かすか、ですね。


「信級玄米珈琲」は、コーヒーのような香ばしさの中に、ほのかにお米の甘みを感じます。玄米を焙煎しているので、カフェインはゼロ。子どもも大人も、朝でも夜でも安心して楽しめるのが特徴です。「徐々にいいかたちで作れるようになってきたので、今後はどのように流通させていくかが課題」という植野さん。次回は、今後のこと、そして信級の暮らしについても伺います。

PROFILE
1983年、東京都生まれ。早稲田大学院建築学科修了後、2007年に長野市信更町へ。2010年に信級へ移住し稲作と炭焼き、炭焼きの余熱を利用した「信級玄米珈琲」の生産を始める。妻と息子3人の5人暮らし。

LINEで送る

このブログのトップへ