信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

山岳総合センター×安全登山 vol.1

山を安全に登るための知識や技術を学び、山の自然を楽しむ機会を提供する場としてさまざまな講座やイベントを展開する長野県山岳総合センター。1969年に開設され、40年以上の歴史を持ちます。センター所長は、長野県山岳協会の副会長も務める杉田浩康さん。これまでの山の関わり、そしてセンターの取り組みについて伺いました。

会社を3カ月間休んで、ヒマラヤに行けた時代

- 杉田さんは、いつからセンターに?

2012年4月に所長に就任しました。ここはもともと県の施設で、県の職員の人が運営していたんですが、4年前に指定管理制度になって、長野県山岳協会が管理者になったんです。

- じゃあ、最初から所長として。

そうですね。今いる4人の職員は皆、協会員です。山岳協会は山岳会の集まりなので、登山に関してはそれなりに専門家なんですが、施設の運営には慣れていなくて。それまでは学校登山の研修や山岳会や登山グループのリーダーとなれる人材の養成などが中心でした。私たちが管理するようになってから、一般向けの「安全登山講座」を増やして、新たに「野外活動講座」も始めました。

- 杉田さんは、ここに来る前は何を?

私は岡山県の出身で、20歳のときに就職で松本に来ました。特に、山登りをしようと思っていたわけではないんですが、松本で暮らしていると、雪をかぶった山が見えますよね。それがキレイだなあ、そのうち登ってみたいなあ、と思って。

- それで、山登りを始めたんですか。

本格的な登山は長野県に来てからですね。会社の中に山好きの人が何人かいたので、ちょっと真面目にやってみようかと思って社会人山岳会に入りました。まあ、今も入っているんですけど(笑)。

- まずは、山岳会に入ったんですね。

当時は山岳会の活動も活発で、たくさんありました。今は中高年のイメージかもしれないですが、そのころは20代の若者が多くて、お酒を飲んでひげを生やした「バンカラ」みたいな感じで。そういう雰囲気に多少憧れがあったのかもしれませんね。

- 実際に入ってみて、どうでしたか?

その会は、慣れてきてちょっと登れるようになったら海外遠征、ヒマラヤに行こうっていう会でした。そのころはいろいろな会がヒマラヤに出掛けていたので、自然にそういう方向に向かっていきましたね。夏の縦走から始まって、岩登り、正月もゴールデンウィークも合宿。長い休みはだいたい山で過ごして、3、4年経つと「次はヒマラヤだ!」と。

- 始めたばかりでも「ヒマラヤへ!」って感じなんですか?

それなりに一生懸命やって、登れるようになってくると、より高いところ、難しいところへ行きたいという気持ちになってくるんです。それで、山岳会でヒマラヤ登山を企画して、1981年、ヒマラヤの7000メートルくらいの山に登頂しました。

- 会社勤めをしながら?

会社は3カ月くらい休みましたね。今はネパールも自動車が走れる道路ができてきましたが、そのころはなかったので歩くしか手段がありませんでした。麓に行くまでに2週間、1週間準備して、キャラバンで2週間、登山期間が1カ月。帰りも同じように時間がかかるので、なんだかんだで3カ月です。

- 3カ月も…今ではなかなか休めないですよね。

当時は今よりも休みやすかったですから。おおらかな時代でしたよね。何度かそうやって山へ行っていると社内でも「あいつはそういう人間だ」って思ってもらえるというか、認めてもらえるような空気になってきて。最初は遠慮して休みを取っていたんですが、徐々に楽になってきました(笑)。

- 初めてのヒマラヤはどうでしたか?

ちょっと高山病みたいにはなりましたが、無事に頂上まで行くことができました。そのころには結婚もしていたので、そろそろ辞めなきゃいけないかなって思っていたんですけど。結局、ずっと続けています。


杉田さんが初めてヒマラヤに行ったのは27歳のころ。その後、39歳のときにで再びヒマラヤに向かいます。「子どもも多少大きくなったし、このままだと2度と行けないかもという気持ちもあって」。前回よりも少し低い6300メートルほどの山に登りました。すっかり登山の魅力に杉田さん。次回は、登るだけではなく、教えることに目を向けたきっかけを伺います。

PROFILE
1953年、岡山県津山市生まれ。就職を機に松本市へ移住し、地元の山岳会「松本学友会ライフ&マウント(L&M)」に入会。以降、会のモットーである「美ヶ原からヒマラヤ」までを実践し、四季を通してオールラウンドな山行に励む。2010年、退職後に登山学校「岳遊舎」を立ち上げる。2012年、長野県山岳総合センター所長に就任。

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