信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

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いかに安全を保って行動できるか-北アルプスと、南極に通じること

長野県には、県知事認定の登山ガイド「信州登山案内人」や、各地域の登山案内人組合に所属して登山・山岳ガイドとして働く人がたくさんいます。「信州魅力発掘人」ではこれまでも、設立時から組合に参加している人やガイドとして活動している人などを紹介してきました。

今回登場していただくのは、池田町在住の山岳ガイド・赤田幸久さん。先日、第57次南極地域観測隊員に設営・野外観測支援として参加することが発表されました。多彩なフィールドで活躍する赤田さんに、山との関わり、南極での仕事などさまざまなお話を伺いました。

山を案内するよりも、安全を守ることに力を注ぎたい

- 赤田さんが山と関わるようになったのはいつごろからですか?

生まれも育ちも池田町で、子どものころは友達と東山へ崖登りに行ったり、川遊びをしたりという日々を過ごしました。小学校5年生のときに学校登山で行った唐松岳が、最初の北アルプスです。担任の先生が夏休みにヒマラヤへ行くくらいの山好きだったので、少なからず影響は受けていたかもしれませんが、単に野外で遊ぶことが好きな少年という感じでした。

大学で上京したのですが、クライミングを始めたのは社会人になってからです。ずっと興味があって始めたのですが、一人でやるには限界を感じて社会人山岳会に入りました。そのころから何となくこの先ずっと、山には携わっていくだろうなという感覚がありました。

- こちらに戻ってきたのは?

28歳のときです。実家の工場を手伝うために帰ってきて、仕事をしながら山へも行っていました。30歳くらいで、北アルプス南部地区山岳遭難防止対策協会(遭対協)に誘われました。普通、社会人山岳会は、地元のレスキュー組織とは別の性格を持っていて、自分たちの登山を楽しむことが主旨です。私の入会した登攀クラブ安曇野(CCA)は、遭対協の隊員有志で設立されたということもあって、山の安全を守るという面でもレベルアップしていこうという目標がありました。そのときのメンバーから、自分自身の登山だけではなく山岳救助のことも一緒にやらないかと誘われて、有明登山案内人組合に加入し、併せて遭対協にも加入しました。

当初は仕事をしながらで、休日くらいしか活動はできませんでしたが、30代後半で会社を辞めて、今のような山中心の生活にシフトしました。

- 普段は、どのようなお仕事をしているんですか?

私はもともと遭対協の活動に興味があったので、ガイド1本で生計を立てようという気持ちはあまりありませんでした。今は、地元でお世話になっている組織や山小屋のことなど、地元の山に広く関わる仕事をしています。毎年4月下旬には、常念小屋の小屋開けに行き、周辺の登山道の整備や設営関係のお手伝いをしています。

- シーズンに入るとガイドの仕事が多いんですか?

もちろんガイドの仕事がたくさん入ってきますが、ここ数年は遭難事故の増加傾向に歯止めがかからない状況が続いていて、何とかしたいという思いから、遭難防止活動の方に力を入れています。涸沢に基地を置く「夏山常駐隊」にも参加しています。遭対協の主目的は救助活動ではなくて遭難を防止すること。登山者への情報提供や注意喚起を促して事故を起こさないようにすることが本来の役目です。昨年は、遭難件数はわずかに減りましたが、夏場の悪天候で登山者そのものが減ったからだとも言われています。貢献したい、というとちょっとカッコよくなってしまいますが(笑)、人が多くなるとどうしても事故も増えてしまうので、少しでも減らすことに協力できればと思っています。

有明山登山道の整備


自分の知らないところへ行ってみたい

- 先日、第57次南極地域観測隊員として参加することが発表されました。

南極へ行くのは4回目になります。40代になってからは山から離れている期間の方が長いかもしれません。越冬すると1年4カ月、夏隊でも3カ月は滞在することになりますし、準備期間も含めるとかなり長期間になります。今回は出発が11月中旬、帰国は来年2月中旬の予定です。7月からは極地研究所に勤務し、物資調達や各種訓練などを行ないます。

- そもそも、どうして南極に行くことになったんですか?

山関係の大先輩から「興味があるなら紹介する」と言われたことがきっかけです。知らないところに行ってみたいという好奇心が強いので、話を聞いた翌日には「ぜひ紹介してください」と返事をしました。それが2006年の7月末。9月には登山のためにチベットへ行く予定があったので、出発前に書類を揃えて提出して、帰国してしばらくしたら決まったという連絡がきました。最初は冗談のような話だったのですが、トントン拍子に進んだ感じです。

- 南極ではどのような活動をしているんですか?

1回目は昭和基地で環境保全隊員として越冬しました。2回目、3回目は内陸の山岳地帯、セール・ロンダーネ山地の地学調査隊、そして隕石探査隊に参加しました。南極大陸の99%は氷床に覆われていますが、氷が後退してわずかですが地表が出ているところがあるんです。そこで岩石のサンプリングをして粉砕し、特定の元素の量を調べると氷がどのくらい前になくなって、岩肌が出てきたのかという年代測定ができます。私の担当は「野外観測支援」と言う部門で、チームの安全管理や装備管理、そして野外生活全般をサポートしますが、研究者とともにディスクグラインダーを使って、一緒にサンプリング作業もやっています。寒冷下ではつらい作業ですが、楽しんでやっています。

南極 バウターエンでの岩石サンプリング作業(2011.12.13 / 撮影:JARE53 y.suganuma)

南極 地吹雪の中の移動(2012.1.2 / 撮影:JARE53 y.suganuma)

- 山での活動と南極での活動、どこか通じるものはあるのでしょうか?

南極観測は国家事業なので、しっかりした成果を残さなければいけないというプレッシャーはあります。ただ個人ではなかなか行けない場所ですし、未知なる世界にワクワクする気持ちが大きいです。未知との遭遇や美しい風景に出会えること、安全を最優先すること、そして「安全は自分たちでつくり上げる」という考え方は、山も南極も同じことです。




南極では、地吹雪やブリザードで全く身動きがとれないこともあり、最長で12日間缶詰状態になったこともあるといいます。そんな過酷な環境でも、好奇心が勝る赤田さん。次回は、最近の山の様子に思うことや、これからのことについて伺います。

PROFILE
1967年、長野県北安曇郡池田町生まれ。大学卒業後にクライミングを始め、本格的に山の活動を開始。有明登山案内人組合、北アルプス南部地区遭対協などに所属し、県山岳総合センターで講師も務める。日本山岳協会山岳指導員、日本赤十字社救急法救急員・指導員、きのこ検定2級など数々の資格も。第57次南極地域観測隊員として2015年11月には、南極へ出発予定。

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