信州魅力発掘人

信州に魅せられ、活動する人たちの言葉には「信州の魅力」が凝縮されています。信州の魅力を掘り下げ、それを語る「信州魅力発掘人」。山の強さ、美しさ、厳しさ、素晴らしさを知る人たちが「山の魅力」を伝えます。

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変化を感じなら登っていくと、目指す「槍」が待っている

槍ヶ岳は北アルプス南部にある標高3,180m、日本では5番目に高い山です。通称「槍」と呼ばれるその雄姿は、名前の通り天に向かって槍を突くように見えます。山に登る人はもちろん、地元の人たちにとって「槍の穂先」は目印のようなもの。移住してきた人たちにとっても「他の山は分からなくても、槍は分かる」という、存在感のある山です。

「信州魅力発掘人」、1回目に登場していただくのは、槍ヶ岳を中心に北アルプスで5つの山荘を経営する槍ヶ岳観光(株)社長の穂苅康治さん。三代目として山荘運営のみならず、さまざまな山に関わる活動をしている穂苅さんに、松本の事務所でお話を伺いました。

祖父と父と私。三代受け継いできた山小屋

- 子どものころから、山の話は聞いていたのですか?

私が小さいころは、父はもう山で仕事をしていました。山の話は、祖父から聞いた印象が強いです。祖父は1914(大正3)年に初めて槍ヶ岳に登り、1917年にはババの平に槍沢小屋を作りました。その後、槍沢のグリーンバンドに大槍小屋を、そして槍ヶ岳肩ノ小屋(現在の槍ヶ岳山荘)も建てています。祖父がなぜ槍ヶ岳に登ったのかははっきりは分かりません。当時は松本の六九商店街で竹細工を営む家にいて、そこから常念岳の稜線越しにちらりと槍の穂先が見えていたのだと思います。そう簡単に登山ができる時代ではありませんし、何か強く引かれるものがあったのかもしれません。

- 穂苅さんが初めて槍ヶ岳に登ったのは?

小学校5年生ごろです。父は山に上がっていたので、山小屋でアルバイトをしているお兄さんやお姉さんに連れていってもらいました。

そのころ、昭和30年代は登山ブームが起き、大学や高校、そして社会人の山岳会の活動が活発になりました。学生たちによる山小屋の使い方が問題になっていた時期でもありました。それもあってか、祖父からは「山岳部に入ってはいけない」と言われていました。それでも、高校では山岳部に入部したのですが…非常に残念なことに、私は出来が悪い山岳部員で(苦笑)、転んだり、滑落したりと周りに迷惑をかけっぱなしで。大学でも入部したのですが、けがをしたこともあり、2年生のときに辞めました。

大学卒業後は、商社に17年勤めました。就職はしましたが、長男ということもあり、いつかは戻って自分が継ぐという思いはありましたね。けがのこともあって、高い山に登ることはありませんでしたが、それでも年に1、2回、槍ヶ岳周辺の山へは登っていました。

40歳になった1989(平成元)年、いろいろなタイミングが重なって戻ってきました。父から完全に経営を引き継いだのは3年後でした。それからは、山小屋の運営の傍ら、自然エネルギーの利用やトイレなど衛生環境の改善、最近はブロードバンドネットワークや山岳ガイドの事業など山にまつわるさまざまなことに携わっています。

山に登ることで、山そのものを知ってほしい

穂苅さん撮影の写真

- 穂苅さんにとって、山の魅力とは?

山は、何か特別な思いがないと行かない場所です。ふらりと散歩するのとは違う。危険も数多くありますが、普段は見られないようなきれいな景観に出合うこともあります。山の魅力の一つは、日常と離れた特別な場所、非日常の世界を体験できることではないでしょうか。

特に日本の山は他の国の山に比べると、変化に富んでいます。槍ヶ岳の場合は、上高地の樹林帯から、槍沢、大曲と登って、モレーン(谷を流れる氷河が削り取った岩石や土が堆積した、丘のような地形)の上へ来ると、ほとんど木が生えてない環境になります。ここまで来ると、槍の穂先が見えます。道中、季節によっては雪渓や高山植物も楽しめます。さまざまな変化を感じながら進んでいくと、目指す槍が待っている-その醍醐味は、登った人には分かると思います。

- 今年は「信州 山の日」が制定されました。

「信州 山の日」の制定趣旨には「『山』を守り育てながら活かしていく機運の醸成」とあります。まずは、信州の山の良さを皆に知ってもらうことが、一つの目標になるのではないでしょうか。関わる我々としては、それを大事にしていきたいと思います。山は、登るためだけのものではありません。例えば、梓川は槍ヶ岳に源を発し、上高地で大正池を形成し、奈川渡ダムで電気を起こし、安曇野の水源になります。その水で多くの産業が成り立ち、わさび栽培をはじめ、米や酒作りにも利用されています。それは、緑豊かな山があってこそできること。山によって生かされている世界があるということを知ってもらえればと思います。山に登ることが、観光としてだけではなく、山そのものを知る機会になればうれしいです。

穂苅さん撮影の写真

長野県では、ほとんどの中学校が学校登山を実施しています。最近は、引率の先生自身が登山の経験が少なくて指導ができないなど、問題も多いようです。しかし、山という自然の中では普段と違った対話ができますし、ルートの選定について話し合ったり、役割分担をして協力し合ったりと、コミュニケーションの機会も増えます。登山は、いろいろな人と関わるもの。学校で授業を受けるだけでは学べないものを、実体験を通して得られる場です。

「信州 山の日」は7月の第4日曜日。県内ではちょうど夏休みが始まるタイミングになるので、親子で山について考えるきっかけになればいいと思います。

- 山で学べる機会が増えるといいですね。

自己を確立するという点においても、山は素晴らしい場所です。自分の限界を知ることもできます。初めて登る人は、思っていたより体力がない、もっと歩けると思っていたのに…と気付くこともあります。ベテランの登山者は、昔とは違う、動けなくなったと痛感する人もいます。子どもたちは、山の変化や予想外のことに対応することによって、何らかの問題に直面したときに自分で解決する力を身に付けることができるでしょう。自分自身と向き合うことができるのも、日常を離れた山ならではのことではないでしょうか。




終始、丁寧に言葉を選び、穏やかな表情で話す穂苅さん。体育会系の「山男」というイメージとは異なる、優しい風貌の持ち主です。しかし、山へ対する情熱は強く、その思いは多岐に渡るさまざまな取り組みに表われています。次回はその取り組みについて詳しく伺います。また、山岳写真家としても活躍する穂苅さんに、写真の楽しみについてもお聞きします。

PROFILE
1949年、長野県松本市生まれ。大学卒業後、商社勤務を経て、槍ヶ岳観光株式会社 代表取締役に就任(1991年)。槍ヶ岳山荘の三代目として、山荘経営をはじめ、NPO法人 北アルプスブロードバンドネットワークやNPO法人 信州まつもと山岳ガイド協会 やまたみの代表理事も務め、北アルプスや信州の山岳観光の発展に尽力している。

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