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小布施を訪れた浮世絵師!「葛飾北斎とその娘・お栄」

郷土図書展示:IMG_06262

郷土の魅力をもっと知ろう!

「葛飾北斎とその娘・お栄」

 

(H30年2月~H30年4月末)

 

 

 

 

 




郷土図書展示コーナーでは、小布施町を訪れた浮世絵師、葛飾北斎(かつしかほくさい)と、娘のお栄(えい)を特集しています  

北斎は1760(宝暦10)年に、江戸本所(現在の東京都墨田区付近)に生まれました。
引っ越し癖があり、生涯で転居した数はなんと93回(!)といわれています。
幼少期に関する資料はあまり残っていませんが、19歳で浮世絵師勝川春章に入門し錦絵などを描き始めたようです。
勝川派を離脱した後は、様々な画法を学び、度々画号を変えました。
精力的に作品を作り続け、錦絵、肉筆画、狂歌絵本や読み本の挿絵など、数多くの作品を残しています。
小布施町の高井鴻山は北斎を支持する人物の1人であり、北斎も度々小布施町を訪れました。
晩年の代表作の1つ、祭屋台の天井画「怒涛図」(北斎館所蔵)は86歳頃に描いた作品といわれています。

娘のお栄は、1度は嫁ぐも離縁され、その後は晩年の北斎と生活を共にし、父の画業を手伝いました。
北斎と共に小布施町を訪れたといわれています。
お栄自身も葛飾応為(かつしかおうい)の名で作画を行いました。
特に美人画に優れ、北斎もその技量を高く評価していたといいます。
北斎の死を看取った8年目の夏に外出したまま、消息を絶ったと伝わります。

北斎の作品は、フランス印象派画家らにも大きな影響を与えました。
現在も国内外で開催される展覧会には多くの人々が訪れ、話題を呼んでいます。
1998(平成10)年にアメリカで刊行された雑誌『LIFE』が特集した「この千年に偉大な業績を上げた世界の人物100人」の中で、日本人で唯一選出(86位)されるなど、ジャポニズム文化を海外に広めた人物の1人といえます。

IMG_0628北斎作品といえば、『北斎漫画』や、富士山が見える景観を描いた『富嶽三十六景』などが有名かと思います
『富嶽三十六景』は大変人気となり、当初の36図では収まらなかったため新たに10図を追加で描き、全46図となりました。
追加された10図の中には「信州諏訪湖」を描いた作品もあります。
日本を代表する絵師によって描かれた、当時の諏訪湖はどのような姿だったのでしょうか。
そして、北斎が訪れた小布施町。
そこで北斎はどのような景色を眺めたのでしょうか。
信州にゆかりのある作品、そして北斎の人生を通して、郷土の姿に触れてみませんか
 

郷土図書展示コーナーでは郷土雑誌や研究紀要など、郷土関連の資料を保存している県立図書館ならではの資料も展示しています。
当館にご来館の際は、ぜひ手にとってご覧下さい
 




下記の本を参考に調べました
書 名 /著者名 /出版者 /出版年 /請求記号

『長野県歴史人物大事典』/神津良子編/郷土出版社/1989/【N283/13/ウ】
『葛飾北斎の本懐』/永田正慈著/KADOKAWA/2017/【721.8/ナセ】
『北斎 東京国立博物館セレクション』/[葛飾北斎/画]/東京国立博物館/2016/【721.8/カホ】
『北斎 カラー版』/大久保純一著/岩波書店/2012/【721.8/オジ】
『北斎娘・応為栄女集』/久保田一洋編著/藝華書院/2015/【721.8/クカ】
『美術家人名事典』/日外アソシエーツ株式会社編集/日外アソシエーツ/2009/【721.03/ニチ】
『浮世絵大事典』/国際浮世絵学会編/東京堂出版/2008/【721.8/コク】

【お問合せ】資料情報課(TEL:026-228-4921)

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