い~な 上伊那 2つのアルプスと天竜川からなる伊那谷の北部に位置し、雄大な自然に囲まれた上伊那地域。 この地域の自然、食、歴史や地域のがんばる人々など、私たち職員が見つけ、感じた上伊那の魅力と地域の活力を発信します。

い~な 上伊那

2つのアルプスと天竜川からなる伊那谷の北部に位置し、雄大な自然に囲まれた上伊那地域。 この地域の自然、食、歴史や地域のがんばる人々など、私たち職員が見つけ、感じた上伊那の魅力と地域の活力を発信します。

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★進徳館 ~『教育県長野』を世に知らしめた藩校~★

 魅力発掘探検隊のrookie Anです★

本格的な冬の到来を迎えた12月、高遠藩の藩校
『進徳館』を尋ねてきました (*´∀`*)
 
          進徳館 入口
「北の松代、南の高遠v(*´∀`*)v」

 といわれてきたように、松代の文武学校とならび、
進徳館』は 信州
を代表する藩校
の一つです。
 
          進徳館(建物) 
 
          生徒玄関(進徳館)
 当時の高遠藩は財政難が続き、他の大藩のように藩校を持てず、
向学心に燃える武士は、儒官や武術師範の家に通って勉学に励んでいました。

 そんな中、 万延元年(1860)高遠藩最後の藩主・内藤 頼直
が藩士養成のために『進徳館』を開設
しました。

 設立当初は「三ノ丸学問所」と呼ばれていたのですが、
後に昌平坂学問所(寛政2年(1790年)に神田湯島に設立された
江戸幕府直轄の教学機関)の林大学頭学斎により、
 易経にある
「君子は進徳修業、忠信(真心を尽くすこと)は徳の進む所以なり」
 という言葉から、『進徳館』と命名されたようです。
 


 現在残されている『進徳館』の建物は国の史跡に指定されています★

 進徳館では、文武両道をめざし漢学・国史・兵学・
 算術・剣術・総術・柔術・弓術 を教授すると供に、
 当時最先端の洋学も教えており、
 海外から輸入された書籍も多くあったみたいです★
 
 ちなみに、生徒たちが学力をつけるのに最も効果が
 あったのが、これら文庫(書籍)の利用とゼミ

 だったみたいです!!!

 ということで、生徒は勿論、教師も寝食を忘れて
 文庫(書籍)を読み耽ったそうです(>∀<)


 廃藩置県により明治5年(1872)に廃止されるまでに通算500人もの
 生徒が学び、日本の近代化を担った多くの偉人を輩出しています (*≧∀≦*)



 進徳館の構内には、儒教の教えを尊ぶべく、昌平坂学問所に倣って
『聖廟』が設けられ、五聖像(孔子、孟子、曽子、顔子、子思)
  が祀られています。
  
     五聖像(孔子、孟子、曽子、顔子、子思)

  五聖像は、進徳館の創設を祝って、領民より寄進されたものです。

 生徒たちは毎日この五聖像に礼拝し、学問修行に励んだそうです (´∀`)
 
 五聖像を前に厳粛な気持ちになりました (o´∀`o)
(注:構内にある五聖像はレプリカで、本物は伊那市立高遠町歴史博物館に
   収蔵されています)
 
 

 
 『進徳館』は、学問に専念するには恵まれた環境であったと思います★

 『教育県★長野』を育んだ先人達の努力と熱意を感じる、
  貴重な旅でした (*´∀`*)★

 知が恋しくなったら、みなさんも、ぜひ、『進徳館』の門を
 たたいてみてください♪


 

 ☆おまけ☆

『進徳館』訪問後、すぐ近くの『高遠城址公園』も散策しました♪

シーズンオフということもあり、
見事に…… 誰もいませんでした。。。(ー∀ー;) 笑

        高遠城址公園(桜雲橋)   


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