じょうしょう気流 「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

じょうしょう気流

「上小(じょうしょう)地域」と聞いて、みなさんは長野県のどの地域を思い浮かべますか?「上小地域」は、上田市、東御市、小県郡長和町、青木村の2市1町1村からなり、群馬県の西側に接する地域です。「上小」には自然、歴史、文化、おいしい農産物など、さまざまな魅力がありますが、それらを上田合同庁舎の職員の目で見て綴り、皆さんにご紹介してまいります。

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上小ふしぎ発見!?(その15) 地上3m!!でとる相撲?

 ミステリーハンター見習いのKです。

 長和町の神社で10月6日に奉納相撲が行われるという告知記事が地元紙に出ていました。そしてその相撲をとる土俵の高さは、なんと約3m、国技館の土俵は54cm、その5.5倍の高さです。そんなに高いところでとる相撲を見逃すわけにはいきません。ということで行ってまいりました。




 以前紹介した蚯蚓神社(きゅういんじんじゃ)といい、長和町には興味をそそる神社が多いようです。


 その神社は入大門地区にある大門稲荷神社、大門街道(国道152号)を上田から白樺湖に向かう右側にあります。9月下旬に立ち寄ったときは土俵は草に覆われ、境内の木々も鬱蒼としていたのですが、この日は草だけでなく枝も手入れされて、道路からも社殿だけでなく土俵の姿かたちもよくわかります。

 町外から来られる人も多いというので、開始時刻の30分前に行ったのですが、神社前の駐車場は既に満車で、少し離れたところに駐車しました。
 土俵の周りには既にたくさんのカメラが据えられており、大勢の地元の方や来賓の皆さんも始まるのを待っています。
    しばらくすると神事が始まり、土俵が清められました。と、「豚汁いかがですか~」との呼び声が、カメラをセットし終えた皆さんも声に吸い寄せられていきます。もちろん私もボリュームたっぷりの豚汁をおいしくいただきました。
  
 豚汁を食べ終わらないうちに、土俵上から奉納相撲開始の触れが響きます。
 最初は子ども相撲です。かわいらしいお子さんの取組に土俵下から大きな声援が起こります。

 そして、いよいよ大人相撲、力士はふんどし姿の地元の消防団の皆さん6名。最初は総当たり、次いで勝ち抜き、三役相撲と続きます。力士からも「高ぇ~」、「こわ~」という声も聞こえてきます。
 途中、飛入り参加を募る声もかかり、若い方だけでなく、年配の方も参加しています。



 相撲が始まると土俵下からは声援だけでなく注文も!土俵際に追い詰めれば「落ちろ!落ちろ!」、土俵から落ちずに勝負が決まれば「取り直し!」と勝手なものです。そして土俵下まで転がり落ちれば万雷の拍手が沸き起こります。
 でも、行司の方はそんな声には耳を貸すことなく、最後までしっかり勝負の行方を見つめます。

 勝負がつくと勝者だけでなく敗者にも賞品が渡されます。最初はボックスティッシュやペーパータオルだった賞品も最後にはフライパンや座敷箒に変わっていきます。また、後半には賞品を結わえた笹竹を肩に勝者がしこを踏みます。

 こうして、境内に集まった人々を虜にした今年の奉納相撲は横綱の取組を最後には終わりました。
 高辻はいつでも見られますが、この奉納相撲は秋の例祭のとき(原則、毎年10月の第1日曜日)にだけ行われるそうです。
   ところで、この土俵ですが、江戸時代の勧進相撲の年寄・初代浦風林右衛門親政が、浦風部屋の隠しけいこ部屋とした「石尊の辻」*(現在の上田市長瀬)の隠し辻として、文化7、8年(1810、1811年)ごろに造られたもので、雷電為右衛門**など江戸相撲の黄金時代を築いた名力士は皆この辻で鍛えられたとのことです。
 また、この辻は型が珍しく「大門の高辻」と呼ばれ、仙台・伊達家の角辻、小諸の蛇の目辻と並んで日本三辻の一つに挙げられています。
*現在、石尊の辻には土俵などはなく、長野新幹線と依田川が交差する高架脇にある阿夫利神社に、雷電の手形が彫られた石碑があり往時を偲ばせます。
**雷電為右衛門については次のブログもご覧ください。(雷電の生家力士雷電之碑)


大門稲荷神社はこちら↓↓↓
 住所:長和町大字大門字丸岩3084-1


石尊の辻阿夫利神社)はこちら↓↓↓

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